東洋のマチュピチュ

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投稿日:2017.9.1

先日の愛媛出張で「東洋のマチュピチュ」と言われる別子銅山跡に行ってみました。元禄3年から昭和48年まで283年間 住友により採掘された地です。
この標高750mの東平(とうなる)地区に本部があったそうで、5000人が住んだ産業遺産です。そのため当時は汽車が走っていて、インクラインなどそんな生活の名残が残ってます。マチュピチュに行ったこと無いので、東洋のと言われてもピンと来ませんが、煉瓦造の廃墟が素晴らしかったので、また報告したいと思います。