大分県竹田合宿1日目
お盆の高速渋滞 直前時間を狙って、まずは大分県大山町へ。
進撃の巨人 作者さんの発想の原点を出身地で探る。
やっぱり、谷間の村と、村の壁 松原ダムでしょうかねえ?
エントランスカフェでも使うこのまちの特産は梅で、作者さんのご実家も梅農家とのこと。家を継ぐように言われていたらしい 笑。
しかも人口3600人でありながら、年収1000万以上農家が150もあり、パスポート保有率70%で日本一。とのこと。
この町のマネジメント能力高過ぎ♪
つくづく興味深い作者と農村でした!
杖立温泉から黒川温泉へ。
できたて豆腐で作られるおばあちゃんの田楽と豆乳を頂きました♪
黒川温泉では湧水も喫煙所でさえも黒川風。
九州の地元旅っぽくて良いです。
午前中に大分県竹田 着。ランチは老舗「竹田茶寮」。
斜度20度以上で先が見えない急激な登り。車がひっくり返りそうで、バックで戻ることに。
今度行く方のために、一番安い3千円ランチをUPさせて頂きました 笑♪
竹田の一番好きな風景。
かつて豊後 最大の町だった、坂の城下町には独特の風情がありますね♪
また、水と文化人の町でもあり、田能村竹田の画のうしろに渓流、のうしろにJR竹田駅、のうしろに駅裏の滝の写真が一度に納められる奇跡的ポイントがありました。
武家屋敷にふつう暮らしされるお宅もまだあるわけで。
大分県の城下町 竹田ですごいものを見つけてしまいました。
この付近は1550年頃からキリスト教の布教が始まり、日本8大布教地とされ、立派な教会まであったとのこと。
竹田の城下町にもキリシタン洞窟礼拝堂が残っているくらい、比較的容認された歴史もあったようです。
これまで発見されているのが、一つ目おばけの天使のような石像、岡城の谷間で見つかった聖ヤコブ像、ローマ戦士のような石像、エクソシストで見たような羽の生えた生物。
そして、まだまだありました。
この町、面白すぎる♪
大分県竹田の岡城跡の石積。断崖と自然岩と石積の相性が美しい。
あのう積みと言われていますが、中間部が丸石と、面取りされている2種類があるようです。
チェスの西洋の城にも見える石積もありました。
石積の大敵は木と聞きましたが、根っこの圧力で石にスキマがあって心配です。
1586年、島津の大軍から攻められてもびくともせず、豊臣秀吉から感謝されたほどの城は、実際行けば攻めるのは無理とわかります 笑。
竹田 岡城の、階段へりの石積。
かまぼこ状に処理され、本来 荒々しい地形に建てられた城なのに、何か繊細さを感じさせるのは、こんなところにも竹田人の気質が表現されているからでしょうか♪
竹田市の3枚で300円のお徳クーポン購入。
1枚目で、電動自転車レンタル。
2枚目は、但馬屋老舗でお茶付き「荒城の月」。
3枚目の、生長堂の「はら太もち」。
これはおこづかいレベルでお薦め♪
ちなみに、但馬屋で仲良しの写真家 藤田洋三さんの書籍がなぜだか販売中 笑。
広域に竹田市を見ると、豊富な水の国なのに、だからこそ生じる切実な問題を、庶民や行政マンが土木技術によって命がけで解決してきた歴史が印象的でした。
1)「音無井路円形分水」。1693年固い岩盤を掘って一度完成した水路も崩落事故。以前から貢献したにも関わらず須賀親子は責任で自害します。完成は230年後の1892年。しかし、今度は水争いが起こります。そこで、1934年、限られた水を耕地の面積に応じて3本の水路に公平に分けるため考案されたもの。水面の高さがそれぞれ違うところがポイントなんでしょうね。
かなり山奥にも関わらず、自分以外でも見に来る人がいてビックリ。
実は円形分水に入る前に1経路分水されているので、水量はこれ以上です。その大量の水は真後ろの崖をくり貫いて流れ込んでますが ここは稜線で、どこから水が来るのか不思議。
石の記念碑には、つるはしを持った姿で、須賀親子が円形分水を見守ってました。
2)「明正井路6連水路橋」。1919年、国内最大規模の水路橋。県の技師 矢島義一さんも心労で自害。金策までされていたようです。これも60年かかってます。
橋桁が上流に向かい流線型が、繊細でかっこいい。
土木学会推奨遺産。
この旅で竹田の子供たちが、あちこちの川で大勢 泳いでいるのを見ました。
竹田の人々の、川と水と共に生きる覚悟が そこから生まれるような気がします♪
計算された流水が美しい 大分県竹田市の「白水(はくすい)ダム」1938年完成。九重町出身の県職員 小野安夫さん設計。
岩盤の弱さをカバーするため、水の落下スピードを弱める工夫が美しい落水を生み出しました。
痛みやすい側壁を左岸は西洋建築で、右岸は九重町の竜門の滝をヒントに設計されたとのこと。
今や竹田市がイチオシするスポットのようで、市内のあちこちでポスターを見たこともあり、アクセスが悪いなか次々 観光客が来てました。
ただ、どの観光案内でも道がきちんと紹介されてなく、最初にカーナビで着いた右岸側は狭い道をずいぶん走ったあと 灼熱の急坂徒歩15分のため断念。そこから車で20分以上の左岸側は駐車場から見え楽勝など、普通のダムを見るイメージとは違うので注意が必要でした。
日本中にこんなダム作れば良かったのに♪
2015年8月現在、祖母・傾山系 山村廃屋の見守り巡回。
7、8年前から山中を自転車で巡回観測してますが、残念なんですが立派だった廃屋1軒が除却されました。
廃屋は植物に覆われて建物が分からなくなりそうなパターンもあり。木造民家は役割を終えてまた自然に戻ろうとしてます。
ここで感じるのは、太い柱で立派だったであろう朽ちた民家が解体された空地には何も感じる余地はなく。むしろ、朽ちる廃屋の姿を見続けたからこその様々な思いがよぎります。
役割が終えた建物にはもしかすると解体とは別の考え方で、今の日本を考えさせる意義もあるのかもしれませんね。福岡の炭鉱では「見守り保存」がおこなわれており。
ちなみに大分県側の尾平鉱山跡に停めてある廃乗り合いバスは、祖母山登山してた大学生の頃から見てるようで、登山部 ワンゲル部の皆さん、このバス 30年前からここにいた気がしませんか?笑
大分県竹田市から車で山の中を随分走ったところに突然ある どん詰まりの「神原」という十数軒しかなさそな感じの山里。ここに大変な食堂が。
村人の交流施設の中のその食堂は、薬膳料理のコースがメニューに6種類もありビックリ。作っているのはマイペースで楽しそうなおばあちゃんたちで、不安な中頼んでみると、しっかりとした料理でまたビックリ。
このあとお客さんが4組一度に来られてパニックになられてましたが、こんな山奥にこんな場所がある不思議。
もう10年も続き、リピーターが下支えしているお店でした。
持続力とは何なのか?オンリーワンとは何なのか?限界集落対策とは何なのか?
山と川と野性動物しかないように見えるこの村では、もしかして、そんなこと おばあちゃんたちは考えてないのが、持続の秘訣かもしれませんね♪
ちなみに、ここは 祖母山 の登山基地。ここの祖母山五号目小屋には高校生の頃、良くお世話になりました♪