リセット宮崎 march14

カテゴリー:まちなみ
投稿日:2016.3.14

祝詞に読まれる地、阿波岐原には特殊な場所があるのは有名ですが、今回 三種の神器を受け渡されたとされる丘に来てみました。
宮崎一ツ葉の地形は内陸と海の間に3つの海岸砂丘があり、最も内陸は縄文遺跡で、砂丘ごとに各時代の名残が存在します。その間の窪地が有名なみそぎ池になり、地形から時代背景がわかります。宮崎の平野はみな海だった。
そしてここは一番新しい砂丘の特に高台で、その後の神々の物語が生まれやすい地形でした。
それを意識されたのか、シェラトンホテルがそのそばにオベリスクのように建っており、未来の遺跡にならないよう祈ります。
というのは、1600年代に青島の大きさの陸地と村が津波で消えたことがあり、宮崎では人の手が及ばない自然の恐ろしさも感じるからです。神々の身近さはそんなところがあるのかもしれませんね♪
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山村にある正倉院へ。
国内も限られた場所で、300しか発見されてない唐式鏡の17面がこの村の神社に。
唐鏡を原型に奈良時代に再鋳造した踏返鏡というもので、この海獣葡萄鏡の品質は高く、中でも 唐花六花鏡は正倉院のお宝と同じ。
それが縁で、門外不出の正倉院図面を元に再現された建築物。
こんな日本の古代の謎解きはこの村から始まります。
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山村では意外にも福岡の地理と歴史が学べました。
古墳時代・飛鳥時代に、百済から仏教・漢字などの文化を取り入れた日本の転機が、662年 百済に侵攻した唐・新羅に対し斉明天皇が中大兄皇子の400艘 3万人を援軍に送りながら 白村江の戦いの敗戦。
百済が滅び、大陸からの侵略を恐れて、福岡ではへんぴな山手に太宰府を移し、同時に水城などの堤や土塁で防衛ラインを築きました。当時の強烈な恐怖感は水城を見るとリアルです。
との表示をまとめると、当時の日本が何と国際感覚に優れていたかを感じます。当時の大陸の人たちが日本を動かしていたからでしょうか。
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宮崎の山奥の神社にたくさんの貴重な鏡や不思議な祭りが存在する理由は、白村江の戦いの日本の敗戦もきっかけに、滅亡した百済の王族が日本に逃れたものの、壬申の乱に巻き込まれ追っ手から逃れた先がここだった。
日本書紀の頃の神社のお話しでしたが、現地だからこそ感じられる歴史にも真実がありそうで、そこに謎めいた歴史の面白さがありますね。
壊すことで発展するまちでは起こりえない、何百年も村人が祭りとお宝を奇跡的に守り続けたことで、壬申の乱が身近に思えます。
そして、朝鮮半島と日本が今以上に親密だったと思えるお話でした♪
こんな村がいつまでも続くといいなあ♪
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ここのトンビはこの子も頭をやられて 相当にヤバイ。
日向夏ソフトクリームに並ぶおじさんたちの頭も餌食なのか?
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ここ江田神社の敷地内に、古代 官道の駅があった。流通は奈良時代から確立していたんですね。
江田神社は、伊邪那岐尊が黄泉から帰還して禊を行った「みそぎ池」の地で、子のアマテラス・ツクヨミ・スサノオなどの神々の誕生地付近とされます。
参道の微妙な角度変化に理由があるはずなのですが?
不思議なことに裏に繋がる参道は何故か閉鎖されてました。

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霧島の麓の水源では、地産地消のビュッフェが、古い料理屋の建物をリノベーションして生まれてました。聞くと、障がい者就労継続支援事業とのことで休日はいっぱいだそう。障がい者の人による、農村の活性化と社会課題を一気にソーシャルビジネスで解決されているように思えます。
大分県竹田市の山奥でも、地元のばあちゃんたちがやる山の食材での薬膳食堂がお客さんでいっぱいなのを見ましたし。
障がい者の人だからこそ作れるような、素朴だけど手間のかかった農園の作物と料理に、自然の恵みを頂けたよう。
ヤマセミ?も遊んでます。
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オーシャンドーム跡。今までに見た廃墟物件としては、最大級ではないでしょうか。
たくさんの、家族との、トライアスロン初心者の頃の思い出がある場所だけに寂しい・・・。
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この季節、宮崎の自然の力は福岡のものと随分違っていて、人でも吸収できるもののようです。一度体感してみられては?
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宮崎の建築は「フローランテ宮崎」に掲示されてた不思議な橋のようです。
古典と最新と多国籍とキテレツが共存し、各まちが個性的に写りました♪
写真のように、畳を日本家屋の壁に利用されてました。
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学生時代 生態学合宿は宮崎でしたが、今回もたくさんの生物と出会えました♪
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過去の記事
吉原住宅 代表プロフィール
吉原住宅有限会社
代表取締役

吉原勝己

1961年福岡市生まれ。1984年九州大学理学部卒業後、旭化成で医薬品の臨床研究を17年行う。その後吉原住宅に入社。
老朽ビルの再生が、資産価値向上と人のつながりを深める手段となることを確認する。