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『しまなみ視察ライド』~2日目[尾道⇒しまなみ海道⇒とびしま海道⇒JR呉駅]

カテゴリー:まちなみ
投稿日:2017.3.28

しまなみ海道を船と自転車でつないでみようコース開拓 2日目。U2チェックアウトして、今日も日の出前から 尾道港→瀬戸田港 を昨日と同じ通勤の人たちと乗船。
今日は、尾道→しまなみ海道→とびしま海道→呉から輪行 → 新幹線で博多駅
島伝いに走るので、たくさん橋を渡りそう。
島は、生口島 瀬戸田→大三島→岡村島→大崎下島→豊島→上蒲刈谷島→下蒲刈島→呉。
とびしま海道への船の乗り継ぎは、1日数便しかない 大三島 宗方港→ 岡村島の時間がギリギリで、真面目に走らないと間に合わない訳です♪

まずは自転車御守りで有名な「大山祇神社」に参拝してから頑張ったら一便早い船に駆け込め、「しまなみ海道」と「安芸灘とびしま海道」を結ぶフェリーにて。なかなかキレイな景色です。
間もなく、しまなみ海道 から とびしま海道 へ上陸。電動ギアのバッテリーが無くなりそうで、輪行の荷物が重い♪

安芸灘とびしま海道、大崎下島で「御手洗」という「重要伝統的建造物群保存地区」に偶然出くわしました。
「鞆の浦」と同じく西廻り船の風待ち港とのことで、菅原道真公が九州に流される途中で手を洗ったことによる地名と神社の立て札に書かれています。平清盛が上洛のとき嵐に遭った場所でもあり、加藤清正が作った城の石垣が残っているそう。
今は信じられないですが、江戸時代は幕府の公用船や参勤交代の船も寄港するメジャーな港で、オランダ・中国・琉球国王の船も見られる国際的な雰囲気だったそう。
その後、シーボルト寄港時 数名の治療をしたとか、伊能忠敬が測量に寄ったとか。
幕末には坂本龍馬、勝海舟、三条実美も滞在し、長州・芸州の統幕の密約 「御手洗条約」締結の屋敷がそのまま残っていたり、時代が動くきっかけとなった港町でもあるとことが解ると俄然面白くなりました。
写真の満舟寺の石垣は、村上水軍時代の「乱れ築き」で、当時はここが海岸線だったようです。
面白いのは、各家の戸板にはお花がいけてあるので、例え空き家でも町がしっとり華やいで見えることでした♪

豊島で感動しました。代々続く船の切符屋さんで薬種商を引き継がれながら、まちの駅としてローカルデザインの新商品も開発されるカフェ。海藻スープ付き美味しいピザを頂きながら、この漁村の路地の話に。
路地を歩いてきましたが、ここまで狭くて高密度で生活が息づいた路地が、瀬戸内海の漁村で元気にやっていてくれたんですねえ。
高下駄履いて長い杖の仙人みたいな人が普通に歩かれています。

「しまなみ海道」と「安芸灘とびしま海道」では、橋を9つ渡りました。橋にはそれぞれに理由があって個性があってデザインがあって面白かった。
橋によって、つながる島への印象がずいぶん違ってくるんですね。橋を設計工事される人たちはスゴいです。

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吉原住宅 代表プロフィール
吉原住宅有限会社
代表取締役

吉原勝己

1961年福岡市生まれ。1984年九州大学理学部卒業後、旭化成で医薬品の臨床研究を17年行う。その後吉原住宅に入社。
老朽ビルの再生が、資産価値向上と人のつながりを深める手段となることを確認する。