吉原住宅有限会社[ビンテージビル創出企業] > 活動ブログ > 日常のこと > まちなみ > 和歌山県『湯浅』伝統的建造物群保存地区ぶらりメモ

和歌山県『湯浅』伝統的建造物群保存地区ぶらりメモ

カテゴリー:まちなみ
投稿日:2018.3.31

小さなまちでの生活の味わい深さがある伝建地区でした
① 「湯浅とは日本の醤油醸造技術発祥の地」
平安時代から熊野古道に面し、熊野参詣 宿所、陸運・海運の要所で栄える。中でも、鎌倉時代中国から伝わった「金山寺味噌」の製造過程から日本の醤油醸造技術が生まれ、江戸時代紀州藩の保護で蔵元は100軒でき代表的産業となる。

② 「後白河法皇が宿泊した家」
ただの古民家と思ったら「後白河法皇が熊野詣での途中、当家にお泊りになった際、水を汲んだ井戸が中庭にあります」とスゴいことが書いてある。

③「深専寺石碑:大地震つなみ心得之記」
江戸時代醤油屋さんが寄進した石碑に次の大地震時の津波避難ルートが具体的に書かれていて感銘を受けました
「嘉永7年(1854年)6月14日大地震起こり翌日まで31回揺れ、25日には揺れなくなった。同年11月4日大地震起こり瓦落ち柱ねぢれた家多し。翌5日強震、海鳴りで海のおもて山のごとくもりあがり津波といふ高波うちあげ大木大石をさかまき家蔵船みぢんニ砕き高波おし来たる勢ひすさまじくおそろしなんといはんかたなしこれより先地震をのがれんため濱へ逃あるひは舟に乗り北川南側筋へ逃たる人のあやうきめにあひ溺死の人もすくなからずすでに百五十年前の地震にも濱邊へにげて津波に死せし人のあまた有りしとなん聞つたふ人もまれになり行ものなれハこの碑を建置ものそかし又昔よりつたへいう井戸の水のにごり津波の印といへれどこの折にはにごりせざり
この後萬一大地震ゆることあらば火用心をいたし津波もよせ来へしと心えかならず濱邊川筋へ逃げゆかず深専寺門前を東へ通り天神山へ立のくべし」恵空一庵書

④「女子風呂には入れる銭湯」
1965年フジマッサージ機A-1(当時8万円)
肩と腰を同時にマッサージできる画期的なマシン

過去の記事
吉原住宅 代表プロフィール
吉原住宅有限会社
代表取締役

吉原勝己

1961年福岡市生まれ。1984年九州大学理学部卒業後、旭化成で医薬品の臨床研究を17年行う。その後吉原住宅に入社。
老朽ビルの再生が、資産価値向上と人のつながりを深める手段となることを確認する。