庄内合宿

カテゴリー:まちなみ
投稿日:2019.4.24

出羽三山の聖地「羽黒山」へ。1400年前から羽黒派古修験道の地。「随神門」をくぐって激しく下り、月山から流れる「祓川」にかかる赤橋「神橋」を渡ると、「祓川神社」の背後に「須賀の滝」。昔から、出羽三山の参拝では、この川で身を清めたという。

樹齢1000年の「爺杉」に着くと、「国宝羽黒山五重塔」が見えてきた。平将門創建、東北最古の五重塔、柿葺きで 600年前 南北朝時代に再建。

全長1.7km、2446段の石段を1時間登ると羽黒山頂になるらしいが、あんまり寒くて引き返す。

修験道の聖地とは、1000年以上経ても聖地であり続けるものでした。

羽黒山頂の「三神合祭殿」は、月山・羽黒山・湯殿山の三神を祀る。昔から、月山・湯殿山は冬季積雪で登拝不可のため、羽黒山で三神を祀るそう。神仏習合時期の不思議な造りで、萱葺屋根は東北一。黒い人が上から見下ろして、びっくりする。鐘楼の鐘は、当時のものとして東大寺に次ぐ大きさ。前の鏡池は、羽黒神が姿を現すと言われ、500の銅鏡が発見されている。

何より、1400年前に出羽三山を開山された、第32代崇峻天皇の皇子、聖徳太子に近い親戚「蜂子皇子(写真)」が、三本足の霊鳥に導かれこの地に開山するまでに何があったのか。その奇異なお姿、皇子、京都からの出羽入り。皇子の一人の人としての心の動きに興味が引かれます。まずは、皇子の墓所と神社にお詣りしてみる。

高野山 同様、身にしみる寒さに、修行の恐ろしさが想像される羽黒山。

酒田市 土門拳 記念館。当時、普通ではなかったはずの、庶民の日常に価値を与えて撮られた作品が。時間を経て、とんでもない輝きを放ってました。

修験道の聖地 出羽三山を開いた、皇室 蜂子皇子の足跡を、山形県庄内地方に辿ってみる。
蜂子皇子は、562年生 崇峻天皇の第三皇子で、聖徳太子のいとこ。592年 父が臣下の蘇我馬子に暗殺されたことで、皇子は都を離れ京都府宮津市由良から船で逃れる。

偶然、同じ名前の鶴岡市由良海岸に着くと、八人の乙女が岩の上で神楽を舞っていた。それが地名となった上陸地「八乙女浦」に来てみる。

そこには、細くて長い赤橋でつながる、急峻な崖の島があった。200段以上の急階段を昇ってみると、崖ギリギリに建つ神社。その横から、島の頂上まで昇ってみると、見渡す日本海に鳥海山が海から飛び出て、普通ではない景色。皇子もここに立ったことを、時間を越えて感じれる神秘的な島でした。

ここから三本足の神鳥が、皇子を羽黒山に導き修験道の山が始まる。

そういえば、出羽三山神社にあった皇子の墓は、宮内庁管理になっていた。東北では唯一と思われる珍しい皇族のお墓。との記載があった。

偶然訪れた「荘銀タクト鶴岡」。外から見ても、中に入ってもスゴい建物で。
SANAA+新穂建築設計事務所+石川設計事務所さんの設計とのことでした。

山形県酒田市の明治26年(1893年)築、米の保管庫「山居(さんきょ)倉庫」。12棟の土蔵造りで、屋根は二重構造、土間はにがりを使って湿気対策。ケヤキ並木で、日よけ・風よけ。有名なNHK朝ドラ「おしん」のロケ地。
道路に近い側は、カフェ・販売所・ギャラリー。奥は現在も農業倉庫に使われていた。おみやげ・加工品を見て回ると、このまちの商品化力の高さを感じました。

そうするうちに、道向こうの川沿いアパートが、歴史的倉庫的に見えてきて、入居率が高いのかもしれないと気になります。笑

鶴岡市鶴ケ岡城 周辺をまち歩き。写真でも、もしかしたらわかるかもしれない。古くても新しくても、個人宅も公共物件も、庶民的も立派も、しまいには、廃墟も新築も。相反するはずの価値観が、まちの中でバランスが取れていた。この雰囲気は東北の古いまちを歩くときに共通して経験する、静かで平和で時間がゆっくり流れている安心な感じ。そう感じる理由が何でだろうと思う中「庄内藩創立400年まで、あと3年」と、自分の地元では言わなそうな言葉が大きな看板にありました。何か大切なことがはっきりしているのかもしれない、東北のまちは歩くと楽しい!

酒田・鶴岡の食事は日本酒とともに美味しくて、その一部。九州人には珍しいものが多いうえ、居酒屋さんのレベルがかなり高くて驚きます。GW中は夕食難民発生で、予約が良さそうですね。

蕎麦の洗礼を受ける。これまで食べたことがないほどの蕎麦のコシ。

べんけい締めの 雑炊 と べんけいおにぎり。古来からという味噌じたて。

酒田駅前 ビル1F のイタリアン オリジナルのイタリアンラーメン。病みつきになります。

サービスエリア 超厚切りハムカツでエネルギー補給。

鶴岡の普通の居酒屋が、かなり美味しい。鶴岡駅近く べんけい。巨大馬面の刺身を肝で食べる。醤油は甘口で、馴染むう。東北の山菜は、すばらしい!べんけい名物、締めの かつサンドもいただく。

酒田「山王クラブ」。蔵造りの商談の間。御膳は当時のイメージです。当時珍しい沖縄の絵が描かれたのが、航路のまち。

うなぎの寝床でも、こうしてショップはできる。女性に人気のよう。

酒田市の料亭。

道の駅 鳥海の食堂。テイクアウト焼き魚屋が行列。

甘口~辛口 のみ比べ。こちらには飲み比べセットが多い気がする。

 

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吉原住宅 代表プロフィール
吉原住宅有限会社
代表取締役

吉原勝己

1961年福岡市生まれ。1984年九州大学理学部卒業後、旭化成で医薬品の臨床研究を17年行う。その後吉原住宅に入社。
老朽ビルの再生が、資産価値向上と人のつながりを深める手段となることを確認する。