国内外で「住みたい」「住みやすい」と高く評価される都市・福岡。「福岡っていい街だよね」「次に住むなら福岡だな」。県外から訪れる人からそんな声を耳にするのは、私だけではないと思います。
気候が良くて食べ物は美味しく、下町の雰囲気を残しつつ都会的でもある。都市の規模は程よくコンパクト、アジアへの玄関口という重要なポジションも担っている。世界の投資家が注目し、投資目的のビルが増えるのも当然です。
そんな福岡の人口は約152万人(※1 2015年6月1日現在)。2010年から2013年の人口増加率は、全国の政令指定都市の中でもトップです。また、全国市町村のうち転入超過数は東京23区、札幌市に次いで3番目に多く(※2)、しかも15歳から29歳の若者の人口比率の高さも政令都市の中でNO.1です(※3)。
さらに、地域別将来推計人口(※4)を見てみると、政令指定都市の中で2025年に2010年の総人口を上回ると推測されるのは仙台市、さいたま市、千葉市、横浜市、川崎市、そして福岡市の6都市。「福岡で暮らしたい、福岡を拠点にしたい」という人々は、今後ますます増えると考えられています。
では、住宅事情はどうでしょう。福岡の建物は戸建て住宅よりも集合住宅の割合が圧倒的に高いという、他の大都市にはない特徴があります。さらにその大きな要素である賃貸住宅は、全国平均を上回る空室率に悩まされているのもまた事実。戦後の都市の発展とともに集合住宅の数が増え続けた結果、すでに多くの建物で部屋余り現象が起きているのです。
景気の動向に関係なく福岡に賃貸住宅が増えたのはなぜか。それは、その多くが投資や節税目的に建てられた物件だからです。福岡に住みたい人は山ほどいる。賃貸マンションでも建てて家賃収入を得ればいい── そのくらいの軽い考えで億単位の借金をし、集合住宅を建ててきた結果です。
しかし、現実はかなりシビアです。長い間スクラップ&ビルドを繰り返してきた日本には、建物に対しても「新しい物件がいい。古い物件は良くない」という安易な判断基準が浸透。たとえ長期のローンを組んで真新しいマンションを建てても、新築効果で期待した収入を得られるのは、最初の10数年くらい。その後は建物の老朽化とともに、入居率も下降していくのは目に見えています。
また、こうした状況を何とか食い止めようと賃料を下げると、入居希望者の質も下がり、家賃の滞納も頻繁に。結果的に家賃収入は下がり、赤字経営は続き、ローンも支払えないという悪循環に陥ってしまう。これは、福岡に限らず、すべての集合住宅のオーナーが抱える悩みであり、不安ではないでしょうか。誰に相談してよいのか分からないので、皆さん鬱々と悩んでいらっしゃるはず。私自身も、その1人だったのでよくわかります。
私が東京から福岡に戻り、父が経営する吉原住宅に入社したのは2000年のこと。当時、会社では福岡市内に4棟のビルを所有し、その管理を生業としていました。すでに築30年、40年を超えるビルばかりで、退去者が出るたびに部屋の補修を行っていたものの、とても“きれい”と呼べる状態ではありませんでした。
私も当然、賃料を下げました。が、問合わせは失礼ながら支払いに不安のある方ばかり。そこで、建物は古くても中がきれいであれば入居者もあるだろうと、一室30万円をかけてリフォームを実施。ところがそれでもまったく入居者は増えませんでした。賃料を下げてもだめ。室内の表面だけをきれいにしてもだめ。ならば、もっと抜本的な改革が必要なのではないだろうか──私は思い切って冒険することにしました。
そもそも「新しい物件は良い。古い物件は良くない」なんて、誰が決めたのでしょう。海外では古くても味わいのある建物が愛され、親しまれているのにおかしな話だ。昔からアメリカやヨーロッパのビルのリノベーション事例等を目にするたび、私はそう感じていました。そんな中、「日本の古い建物もカッコいい、魅力的な物件になる」と確信したのは、福岡市の大名地区の変貌を目の当たりにした時です。
大名は80年代から古い建物を活かした個性あふれるショップが多く集まり(※5)、活気ある街へと成長していました。まだリノベーションという言葉もなかった頃なのに、古い空間を自分らしく改装して活かす、感性が豊かでセンスのあるショップオーナーが大勢いたのです。店舗でこうした挑戦ができるなら、個人宅でもできるはず。ところが、当時の集合住宅でこうした取り組みを行う会社は、どこにもありませんでした。
私は築40年に近づきもっとも入居率に悩みを抱えていた博多区博多駅南の「山王マンション」のリノベーションを決意。部屋の壁や柱をすべて取り除き、その中に住みやすく、しかもカッコいい部屋を一から設計したいと、取り引きのあった建築・不動産会社に相談を持ち掛けしました。
ところが、どの会社さんからも予想外の答えが返ってきました。「そんな仕事はこれまでやったことがないから、お引き受けできません」。確かに、リノベーションという概念が出てくる前は、古くなってどうしようもない建物は建て替える、という発想が当たり前でした。しかし、それ以上に「やったことのない仕事はしない」という考え方に私は驚き、愕然としたのです。
かつて製薬会社で仕事をしていた私にとって、仕事とは「困っている人を何とかして助けること」。常に今ある状況を変えなければいけないという観念を持ち、仕事に取り組んでいました。建築・不動産業界の中で私のそんな考え方は特殊なのだろうか。なぜリノベーションという発想が受け容れてもらえないのか。思い悩む日々は続きました。
しかし、協力会社がないからといって「山王マンション」を壊し、借金を抱えて建て替える余裕などありません。誰もやったことがないなら、自分で道を切り拓くしかない。私は腹をくくりました。この建物の再生には、会社そのものの再生もかかっていたのです。
「いいビルは使い方ひとつで、価値が高まる」。その事実を私は大名の様子だけでなく、東京の同潤会アパートや三信ビルなどを見ていて十分わかっていましたし、リノベーションの可能性には自信を持っていました。
想いはひとつ、「福岡の同潤会アパートを創りたい!」。最初は何の人脈もありませんでしたが、友人の伝手を頼りに様々な発想を持った方々に会いに行き、リノベーションの構想をお話しして回りました。ようやく協力してくださる会社と出会うことができたのは1年後のこと。そして2003年、「山王マンション」の3室が、リノベーションによってまったく新しい住空間へとリニューアル。ここから吉原住宅の事業も大きく変化を遂げていくのです。
参考URL
※1 … 福岡市推計人口(http://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/tokeichosa/shisei/toukei/jinkou/jinnkousokuhou.html)
※2 … 総務省 住民基本台帳 人口移動報告(http://www.stat.go.jp/data/idou/2014np/kihon/youyaku/index.htm)
※3 … 2010年から2013年の人口増加率・15歳から29歳の若者の人口比率の高さ
FUKUOKA Factsデータでわかるイイトコ福岡(http://facts.city.fukuoka.lg.jp/data/no1/)
※4 … 国立社会保障・人口問題研究所 地域別将来推計人口(http://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson13/1kouhyo/gaiyo.pdf)
参考資料
※5 … 「手の間」2006年創刊号~4号 「シリーズ町の手ざわり、人の足跡 大名」
吉原コラム Yoshihara column.
Column.01 | 連載コラム(1回目/全5回)
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